9/17(日)多摩めぐり30プラス~多摩丘陵第5弾 鎌倉往還が映す朝廷・武家政治のかたちと風

鎌倉往還が映す朝廷・武家政治のかたちと風
~源頼朝、足利尊氏、徳川家康の櫃、近藤勇も通った?

江戸時代に鎌倉街道と呼ばれる以前の鎌倉道。その名は、わが国最初の武家の記録である「吾妻鏡」に見られ、後醍醐天皇から50年間の動乱を描いた「太平記」に記された。これらは多摩丘陵を貫いた鎌倉へ通じる道の重要性を物語る。奈良時代に畠山重忠らは埼玉・菅谷-鎌倉間の上道を往復したであろう。平安時代には蝦夷平定をねらった坂上田村麻呂らが最短の中道を北上し、源頼朝率いる主力部隊も房総半島から鎌倉を目指した。新選組局長・近藤勇が走り、徳川家康の櫃が静々と日光を目指した。これらの現場である多摩丘陵を歩く。この日のルートは里山の色合いが濃く、TOKYOを忘れさせる。一足早い秋風が感じられそうだ。

◆集合日時 2017年9月17日(日)9時(※時間厳守 9時25分発のバスに乗車)
◆集合場所 京王・小田急多摩センター駅改札前
◆ガイド タマケン合格者 菊池等さん、味藤圭司さん
◆参加費 1,600円(資料代・傷害保険料・小島資料館入館料含む)
◆募集人員 先着順 30人
◆持ち物 弁当、筆記具、雨具、飲み物
◆お問い合わせ 042(591)8540タマケン事務局(平日10-16時)

詳細はチラシをごらん下さい

タマケンの「多摩の花ごよみ」デビュー 将来、多摩の植生分布がつかめれば

タマケンの、このホームページに新しいページが生まれました。「多摩の花ごよみ」https://tama-hanagoyomi.net/です。


ノカンゾウ(7月19日、福生市の玉川上水で)

草や木の花をめでるタマケンの合格者たちの舞台をどのように作るか。事務局とともに活動している「タマケン・サポーターズ」(13人)の面々と話し合い、検討してきました。ガイドツアー「多摩めぐり」に象徴されるように“野山に宝がある”というタマケン精神で草や木の花を写真に撮って発表することで、さらに自然への関心度を深める機会になります。ひいては、多摩の自然誌につなげたいものです。
そんな考えで昨秋から今春にかけて準備し、タマケン合格者の中から活動したい希望者を募りました。14人が参加しています。5月下旬に正式に「多摩の花ごよみプロジェクト」を立ち上げたものです。
植物に詳しいタマケン・サポーターズ副代表である関根充さん、丹野雅之さん、原田義明さん(いずれも八王子市)の3人の協力を得ました。
原田さんによると、多摩地域には、草と木を合わせてざっと2000種が自生しているといいます。草の部ではアツモリソウやイタドリなど一般になじんでいる81種555件、オニユリなど外来種の中でも親しまれている19種32件を、木の部ではイチョウやツツジなど70種260件を撮影していくことにしました。


活動の説明会(5月28日)

活動開始後、水谷敏さん(昭島市)はあきる野市の養沢川や多摩川の土手などへ出向き撮影しています。川村修吾さん(八王子市)は「テスト投稿」と称してマタタビの花を送ってきて以来、高尾山などに咲いている草花を追っています。
第1回の選考会には6月末までに38点が寄せられました。原田さんは「この時季、年間の中で花の種類は比較的少ないが、多くの写真が寄せられたことは、皆さんの熱心な活動の成果」と評価しています。
この日、選考に当たった幹事は、指定外来種などを除いて草を13点、木を5点選び、ホームページのオープニングを飾ることになりました。


選考会の模様(7月5日)

関根さんは「花に親しんでいる人だけでなく、花に親しむ機会が少ない人も家の周りに咲く草花、木の花に目をやる機会にして、手元にあるカメラで気軽に撮影してほしい。少しずつ範囲を広げることによって、例えば開花時期は、地形などの差異によるものだということが分かる」と興味深い点を挙げて、参加者を募っています。
選考会は、毎月初旬に行い、それまでに寄せられた全写真を幹事が互選してホームページに載せます。
問い合わせは、E-mail:tamaken@nw-tama.jpタマケン事務局へ。

新都山流東京多摩支部の尺八演奏会 7月22日、国分寺市いずみホールで

「好きこそものの上手なれ」ということわざ通り、タマケン大好き人たちは、小さな事柄に目を見張り、心ときめかす。行動すれば、新たな発見にさらに心を奪われる。多摩地域で写真や書、絵画、陶芸など作り手の心が表われる物事に取り組んでいる人たちが、なんと多いことか。
尺八もその一つ。尺八は、奈良時代に中国から伝わった。聖武天皇が愛用したものが東大寺・正倉院にあり、聖徳太子が吹いた竹も法隆寺に残されている。多摩に目を向ければ、東京都指定の旧跡になっている青梅市新町の鈴法寺公園もゆかりの地だ。鈴法寺は江戸時代、虚無僧の宗派である普化宗総括派本山だった。明治維新後に普化宗が廃宗になったことで廃寺になった。
炎暑の夏、そよぐ風にこすれ合う笹の音が聞こえてきそうな尺八のわび、さびに浸ってみませんか。新都山流東京多摩支部(後藤宇山支部長=立川市、38人)が主催して7月22日(土)午前11時から国分寺市いずみホール(JR中央線西国分寺駅南口駅前)で「都山流尺八楽演奏会」を開く。入場無料。
このメンバーの一人、副支部長の平山介山さん(立川市)は、いまは巡り合うことのない虚無僧が門付け(かどづけ)していた時代の光景をつづってタマケン事務局に送ってくれた。

 商店街で虚無僧の門付け
多摩地域には、まだまだ虚無僧が門付けする姿が普通に見られた昭和30年代。多摩地域の駅前商店街は、現在では想像も付かない活気があった。個人店舗がズラリと軒を連ねていた。その店先に虚無僧が立ち、尺八の一、二曲を奏で、布施を頂くという寸法だ。通りの両脇に何十軒と並ぶ個人商店があってできたことだ。
その個人商店主は、商売の傍ら、それぞれ日本古来の芸能を趣味としていた。映画『三丁目の夕日』の鈴木モータース社長が近所の店主三、四人に声をかけて小唄の師匠を招き、稽古をするという風景があちこちで普通に見られた。端唄、民謡、浪花節、そして尺八と。また、それぞれの女房、娘には琴、三味線を勧めた。その誇れる歴史は、今の多摩にも地下水のようにあると思われる。

会則を超えた計らいで多摩支部誕生
7月22日に行う「第二回都山流尺八楽演奏会」は、第二回とは記すものの、実は三十四回目になる。東京支部の一員であった〈多摩〉を京都の宗家が各都道府県で原則一支部の会則を超え、多摩の尺八楽にかける歴史と熱意に鑑み、めでたく昨年から〈多摩支部〉の“看板相許す”のお墨付きを頂き、通算三十四回目、多摩支部として二回目の発表会を迎えることになった。
多摩地域と縁の深い神奈川、埼玉、千葉県の各支部、遠く兵庫県支部の有志の応援を迎える演奏会になる。多摩地域の伝統芸能を大切に繋いで来た先人に感謝している。
演奏会では本曲「八千代」や「朝の海」をはじめ、「ひぐらし」「秋の初風」「ソーラン節」「十五夜に寄せて」など、三絃、箏、17絃筝が加わり、20曲余りを演奏する。午後4時半、終演予定。問い合わせは☎042-559-6244千葉蘭山さんへ。

チラシはこちら

タマケン・ガイドツアー「多摩めぐり30」全市町村訪ね終えて ガイドした合格者たちの体験㊦

恨めしい“検定”の二文字、いまや楽しさに
コース情報案内して体力差カバーに生かす
     相山 誉夫さん(武蔵野市)

東京で暮らすようになって今年で33年になる。定年が間近になった頃、ふと我が身を振り返った。東京に住んではいるが、23区の位置関係が曖昧で、自分が生活拠点にしている多摩地域についても市町村の数や存在場所、ましてや特徴など殆ど知らないことに気がついた。
そんなある日、9年前のことだ。吉祥寺の某書店の前を通りかかったとき、店先に緑色の表紙の書籍が5~6冊重ねて置いてあるのが目に入った。その表紙には「タマケン 知のミュージアム 多摩・武蔵野検定公式テキスト」とあった。“検定”という文字に一瞬、戸惑いを感じたが、多摩を知る手がかりとしては好都合かな、と思い買い求めた。これが私と「タマケン」との出会いとなった。
テキストを読んでいるうちに多摩の歴史や文化を知る面白さに魅了され、いつしか“検定”の文字が気にならなくなった。その年の秋に行われた3級試験を皮切りに2級、1級と受検した。しかし、1級の合格証書は、届かなかった。‟検定”という恨めしい二文字を思い出し、出題された問題を呪っているうちに、2011年に「多摩めぐり30」が始まった。元来、アウトドアが好きな方なので、つとめて参加していたところ、「タマケン」をサポートする「タマケン・サポーターズ」が設立されメンバーに加わった。メンバーになって、改めてタマケンの活動内容が多様であることを知った。合わせてこれらの業務を少人数のタマケン事務局で進めていることに驚いた(今も変わらず多忙ですね)。


相山さん


石灰岩層の断層が露出した大岩が覆いかぶさる白髭神社(奥多摩町)で記念撮影

「多摩めぐり30」で市町村を訪問するに当たり、予め企画、立案、下見、ガイド用冊子の作成が行われる。対象となった市町村の歴史、文化、産業などの特徴について、資料などを入手して調べ、下見で調整と確認が行われる。ガイド用冊子が届くと、いつも先輩ガイドの皆さんの綿密な調査と説明、解説に感嘆する。「知のミュージアム」にふさわしい知的財産が蓄積されて行くのを実感する(一方で試験が難しくなるのではという懸念も?)。
「多摩めぐり30」開催当日、他の参加者の皆さんと一緒に歩いていて、目的とする建物などに到着したときに「ここがそうですか!」と感激の声が上がる。同時にホッとした明るい気分になる。下見のとき、雨に降られて神社の軒下で雨宿りをしながら侘しく昼食を摂ったことも忘れてしまう。
多人数で歩くと、歩き方に個人差が生じて遅れる人がある。かつて大勢のメンバーで山歩きをしていた際に、遅れる者が出て、2つのグループに分かれてしまった。遅れたグループは、さらにルートを間違えたため、合流するまでに時間的ロスが生じ、不安も増した。遅れた仲間の一人は、急いだために転び、膝に傷を負っていた。歩き方に差があるのは致し方がないことです。予めコースの難易度を知らせるとともに、サポートする側は歩き方を含めて、余裕を持ったスケジュールを組む必要があると思う。転んだときに手を使いやすくするために手荷物を持たない方がよい。ストック(杖)があるなら使用した方がよい。坂道でストックを利用すると、安全で楽です。夏に向かって水分補給が必要で、特に高齢になると、前もっての補給が重要です(私のことか?)。
「多摩めぐり30」では事務局をはじめ、サポーターズの仲間、そして、他の参加者の皆さんとともに楽しく参加しています。「多摩めぐり30」に引き継いで行われる「多摩めぐり30プラス」では、どのような「多摩」に巡り合えるのか、楽しみです。

直に触った青梅縞、イワタバコの花も初見
故郷である「多摩丘陵」の息吹を伝えたい
     宮崎 雅文さん(板橋区)

「多摩めぐり30」に積極的に参加するようになったのは2013年頃から。15年からは、少しずつツアーのお手伝いをしています。今年5月、奥多摩町の回で多摩・武蔵野地域の30市町村全てをめぐり終えて大変感慨深いものがあります。
13年秋に訪れた青梅市の回は、特に印象に残っています。青梅縞を作っている工場に入ったのは初めての体験でした。実際に生地を見るだけでなく、直に触らせていただき、その光沢となめらかさに驚きました。工場には大学を卒業したばかりなのでは、と思うくらいの若い世代の職人さんが何人もいて、長い歴史がある織物が現代的な感覚によって新しい姿を見せ始めているように思えて頼もしくなりました。


宮崎さん

15年には二度、高尾山に登る機会に恵まれました。個人的に毎年1月に薬王院に参拝していますが、高尾山の植物の多様性について、知識として知ってはいたものの、個人的に観賞してみたいと思うほど強い興味がありませんでした。「多摩めぐり30」に参加していなければ、イワタバコという植物を知らずに過ごしていたかもしれません。
今年3月から「多摩めぐり30」に続く新しい企画として「多摩めぐり30プラス」がスタートしました。テーマは「多摩丘陵」です。3歳から約10年間を稲城市平尾で、その後の約19年間を八王子市寺田町で過ごした私にとって、多摩丘陵は故郷も同然です。10代の頃、自転車で駆け回った地域を皆さんに案内できることに大きな喜びを感じております。多摩丘陵の周辺に暮らしてきた人たちの生活の一端が伝わるガイドをこれからも心がけていきたいと思います。
添付した写真は、昨年(2016年)見学した東京都無形民俗文化財の「蛇より行事」(稲城市百村)を撮影したものです。夏の炎天下、地元の方々が力強く萱を大蛇の形に撚り上げる姿に圧倒されました。「多摩めぐり30プラス」の中で、このような行事も取り上げられるように今後も努めていきたいと思っております。


イワタバコ


奉納された「蛇」


掛け声をかけながら生かわきの萱を撚り上げて汗びっしょり

タマケン・ガイドツアー「多摩めぐり30」全市町村訪ね終えて ガイドした合格者たちの体験㊥

静謐求めた檜原村の神事  生活体験聞いて地元を知る
     味藤 圭司さん(武蔵野市)

民俗学者宮本常一は「その土地を知るにはできるだけ歩いてみることだ」と言っています。「多摩めぐり30」は、まさに「その土地を歩く」といった基本に従って、多摩の全市町村を歩き回り、地理、歴史、文化、産業など何でも貪欲に知ろうという企画の下に運営されています。
しかし、この企画の大きな特徴は、単にあちらこちらを歩いてモノを見て回るだけではないという点にあるのです。


小平市内をめぐった時に地元ラジオ局のインタビューを受ける味藤さん


山が迫る春日神社境内で檜原村の人たちに「御餇神事」について聞いた

それは何かと言えば、「多摩めぐり30」では、時に土地の人からその土地に関する話を語っていただくコーナーを設けていることです。モノを見ることだけに留まらず、今もそのモノに関わりを持つ人々から直接話を聴き、さらにはガイドブックなどには書かれていない現地の人ならではのとても興味深い情報を得ることによって、各地で開催されている一般の「まち歩き」とは一味違ったものになっています。
私自身、「多摩めぐり30」の最初の頃は物見遊山的な気分で各地を歩いていたのですが、各地で地元の人々の話を聞いているうちに、その地で生活しているあるいは生活していた人々の「思い」を感じ取ることも地域を知る一つの大切なプロセスであることに気づきました。この部分がないとその土地の過去も現在も本当に知ったことにはならないのではないかとの確信を得ました。
檜原村春日神社で神社総代から伺った「御餇(おとう)神事」の話についても、米を作ることのできない山間地域の人々の白米に対する強い思いを感動を以て聞くことになりました。年に一度だけ、村人が一堂に会し、神前で白米を食べる、それも村の代表者が斎戒沐浴して、村の命の源といえる秋川の水を汲み上げて炊き上げた白米を食べるという意味の深さは、飽食の時代に過ごしている私の意識から消えていったものを呼び覚ましてくれました。周囲の山々を見上げ、清冽な秋川の流れを見下ろし、巨大な神木の下で聞いたというシチュエーションもあってビリビリと心に響く御餇神事の話でした。
「多摩めぐり30」で訪問できなかった未踏の多摩はまだまだあります。ということは、地域を、人々を知る愉しみが多摩の各地に多く残っているということです。続編となる「多摩めぐり30プラス」の企画にも引き続き期待し、多摩を歩き続けたいと思います。

 

遊び場は武蔵武士の館跡だった  阿保道堪と多摩市の関係も知る
     関根 充さん(八王子市)

「多摩めぐり30」では、知る喜びを数多く体感しました。他のガイドの説明に耳を傾け、また、私が担当する場の資料作りが大変面白く、さらに調べることで新しい知識を得ることが出来ました。
タマケンで活動して感動したひとつに自分のふるさとを再発見したことです。「多摩めぐり30」で武蔵七党、武蔵武士について何度も聴き入ったものです。私がハッと気付いたのは、生まれ育ったふるさとの歴史の深さでした。

関根さん


緑陰に映える高尾山のふもと

私のふるさとは、埼玉県児玉郡神川町大字元阿保(もとあぼ)。最寄り駅はJR八高線丹荘(たんしょう)駅です。実家の北側を鎌倉街道上ノ道が通ります。直線で約100メートルの近さにあり、幼少のころ、良く遊んだ道でした。元阿保には阿保神社があり、この境内でも三角ベースの野球をしていました。戦後のベビーブームの時代、各家には子供が数多く、野球の試合をするのに人数集めに苦なしでした。
この神社の由緒について、タマケンの活動を通じてわかり、驚きを隠せませんでした。ここは28代宣化(せんか)天皇(即位535年)の流れを汲む武蔵七党のひとつ丹党の豪族、阿保氏代々の館跡でした。阿保氏がいたことから元阿保の地名になり、今に至っています。阿保氏について調べれば調べるほど、勇猛な武将であったことを知り、へェ~! そうなのかぁ! そういうことがあったのか! と感嘆符のオンパレード。
阿保氏一族は、平家追討、平泉の藤原泰衡征伐、承久の乱などの活躍が語り継がれており、鎌倉時代から室町時代、戦国時代へと活躍した武将です。丹荘駅の駅名の由来は、丹党が治めていた地だから名付けられています。
阿保氏一族の阿保道堪(何代目か不明)が活躍したことを記した碑が多摩市にあることを知り、私のふるさとと多摩が繋がり、不思議な思いと共に嬉しさが込み上げてきたものです。
振り返ってみれば、60代も半ばになって、ふるさとの歴史を初めて知ったことから次から次へとインプットされた反面、今まで何をしていたのかと恥ずかしい思も込み上げてきます。
今後もタマケン活動に携わってひとつでも多くの感動を得たいと思っています。嬉しいことはタマケンサポーターズのメンバー、タマケン・ガイドツアー参加者の皆さんと「輪=和」ができ、回を重ねる毎にその関係が太くなっていることです。